医師から余命宣告を受けた日のことを、今でも鮮明に覚えている。
「残念ですが、治療の選択肢はほとんどありません。」その言葉を聞いた瞬間、世界が止まった。43歳。まだ子供たちは小さかった。夫の顔が青ざめていくのが見えた。
最初の数日は、ただ泣いた。なぜ私なのか。神様、なぜですか。祈る気力さえなかった。
しかし、教会の仲間たちが動き始めた。毎日、誰かが私のために祈ってくれていることを知った。教区だけでなく、そのつながりを通じて、日本中、さらには世界中の信者が祈ってくれているという知らせが届いた。
フィリピンの修道院。ブラジルの教会。アメリカの祈りのグループ。会ったこともない人々が、私の名前を呼んで神に祈りを捧げてくれていた。
その事実を知った時、言葉にならない感動があった。私は一人ではない。信仰の絆は国境を越え、言語を越え、時間を越える。
治療が始まった。医師も驚くほど、治療への反応が良かった。「医学的に説明しづらい」と主治医は言った。半年後の検査で、腫瘍は大幅に縮小していた。
奇跡だと言う人もいる。医学の進歩だと言う人もいる。私は、それが祈りの力だと信じている。もちろん、神の御心がすべてであり、結果がどうであれ神に感謝する心に変わりはなかった。しかし、世界中の祈りが天に届いたのだと、私は確信している。
今、私は完全に回復し、この証しを書いている。あの経験を通して学んだことがある。祈りは独り言ではない。祈りは、見えない糸で世界中の信者をつなぐ、最も強い力なのだ。